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800年前の悲劇を伝える平家落人伝説

寿永3年(1180年)、屋島の合戦に敗れた平家一族は、壇ノ浦の戦いで安徳天皇とともに入水して滅亡したとされています。

ところが、屋島で破れた平清盛の弟・敦盛の次男の平国盛が、ひそかに安徳天皇をお守りして、約100人の部下とともに阿讃山脈を越えて祖谷地方に逃れたという伝説が、三好一帯に伝わっているのです。

この地域には、落人伝説にまつわる地名や旧跡が残っています。

「平家屋敷民俗資料館」は、安徳帝の御典医だった堀川内記(ほりかわだいき)の子孫代々の屋敷で、現在は平家に関する資料や遺品を展示しています。
堀川内記は、平家一族とともに入山し、祖谷地方の豊富な薬草を活用して、医業と神官を務めました。

庭には、樹齢800年の老樹がそびえ、江戸時代の民家をそのまま保存した館内には、鎧・軍旗・古文書・生活用具などが展示されています。


出典:徳島県観光協会阿波ナビ

武家屋敷旧喜多家の庭先にある「鉾杉(ほこすぎ)」は、樹齢800年余り、高さ約35mという巨木。
この地に落ちのびた平国盛が、平家の再興を祈願して鉾を奉納し、杉を植えたとされています。


出典:景観動画

安徳天皇と平国盛の一行は、祖谷への道中で井川町の地福寺に数日逗留し、平家の赤い軍旗二流を残して祖谷まで落ちのびていったそうです。
現在、この赤旗は「井川町ふるさと交流センター」に展示され、隣には源氏の白旗のレプリカも展示されています。